それがいやに煩くて、けれど聞こえない振りをした。

「ねぇ、起きてる？」

こん、こん。何度目かの音に乗せた声は、それを紡ぐ表情をうかがわせる。
少し、沈んで、眉を下げた、しょぼくれた顔。
当てはめる言葉を探すなら、「心配」が妥当なのだろう。
察して、理解して。けれど、知らない振りをした。

こん、こん。

「起きて、るんでしょう？」

話したいことがあるんだ。
続ける台詞。それだけで、内容は何となく察することができた。
聞いた話。知った現実。
ぼぅ、とおぼろげな感覚が、囁かれる声と言葉に、明確にされてしまう。

「ねぇ、キル――」

「頼むから、」

静寂に、声は、響く。
扉越しでも、届くほどに。
その声が、震えているのを自覚できて。
抱えた膝に、爪が、食い込んだ。

「少し黙ってろ」

どこかの誰かが、言っていた。嘆くのは一晩だけだと。
同じ故郷を持つあの魔女も、今日だけは、不安と動揺を抱えて眠るのだろう。
だけれど夜が明ければ、その気持ちは切り替わる。
切り替え、られる。

「明日、聞くから」

夜はまだ、まだ、長いけれど。
一晩だけなら、超えられる。

言い聞かせる。大丈夫。
逃げ出すまでの何年間、あの場所で堪えてきたと、思っているのだ。