文字列以外の落書きに微笑ましげな笑みを浮かべてから、今度は飴か、と口許で呟いた。
欲しい、と告げたい思いはあったが、少し躊躇った。例によって例のごとく、己の字の汚さゆえの躊躇いではあるが。
「……ま、ええか。一個貰たし」
機会があれば、またその時にでも。一人で頷いて、ふと、思い出したように空を見上げる。
ぽっかりと開いた天井を直すという話をしていたような気がするが、さて、いつになるだろう。雨さえ降らねば、これはこれで味があると思うのだけれど。
それにしても、今日は随分といい天気だ。ゆったりと流れる雲は穏やかな白を抱き、想像を掻き立てる形をしながら青空と混ざる。
さんさんと注がれる陽光に、エルフヘイムの木々も歓ぶように葉を揺らしているようだ。ざわめきに似た音が、耳を澄ませば届いてくるのだから。
「あぁ……そういえば」
さざめきの要因である大樹を脳裏に過ぎらせた瞬間、やはりふと、思い出した。
とことこと小屋を後にして、真っ直ぐ、大樹を目指すと、ぐるり、太い幹を指先でなぞるようにしながら、裏へと回った。
そこには、ここへ着たばかりの頃、勧められて植え込んだ花が、そよそよと揺れていた。
「水、ちゃんと貰てるんやねぇ」
ふふ、と小さく笑みを零し、傍らに屈みこむと指先で小さな花に触れる。
淡い紫を帯びた、ピンク色の花。小指の先ほどの小さな花が、幾つも幾つも、主張しあわない程度に寄り集まって、咲いている。
眺め、和んでいると、不意に、背後から影が差した。
「随分とてめぇらしい花じゃねぇか、なぁ?」
口許に笑みを浮かべ、ゆるりと振り返れば、見慣れた笑みが視界に映る。
「せやろか。意外、て言われると思てたよ」
「クク…意外は意外だぜ? 好きだって聞いてたのとは、別な花ァ選んできやがったんだからな」
そう告げて、さりげなく、彼女は名を呼んだ。呼んで欲しいと願い、馴染ませてきた愛称ではなく、名乗る時以外にはそうそう口にしない、フルネームで。
概ね思っていた通りの反応に、肩を竦めて。また、視線を花へと戻した。
名にするほど好んだそれとは違う花。それでも、「らしい」と称した彼女の意図までは、掴めず。つい、首を傾げる。
それを見て、再び抑えた声を漏らした彼女は、回りこむように位置を変え、腰を屈めて覗き込んだ。
花と、自分とを、交互に。
「似てンだろ。てめぇの色に」
あぁ、と。小さく、納得の声が漏れた。
自分の纏うものよりも、どちらかといえば愛らしく慎ましやかな色をしてはいるけれど。確かに、よくよく好む色合いではあった。
「それに、てめぇらしい『言葉』を持ってる。だろ?」
思わず、顔を上げていた。純粋に驚いたのだ。
見つめれば、したり顔と視線が合う。
「言っとくが、調べちゃいねぇぞ。知りもしねぇ。ただ、てめぇが選ぶほどだ。それぐらいのモンは、あるんだろうよ」
得意げに語る彼女の言葉に、思わず、噴出していた。
全く、恐るべきはその直感か、それとも直感に対する、潔さか。何にせよ、上手く乗せられてしまったらしい。
くすくすと笑いながら、えい、と花を指先で揺らした。
「永久不変」
特別詳しいわけではないけれど、小耳に挟んで、気に入って、ずっと、覚えていた花。
あの日、この場所で見つけた時に、改めて思い出した、言葉。
「変わらんよ、うちは」
いつか、きっと、今と違う姿を彼女の……彼女達の前に晒すことになるのだろうけれど。
それでも、きっと。何も変わらないで居られるだろう。
期待か、願いか、確信か。
それとも、誓いか。
多くを混ぜ合わせた曖昧な思いではあったけれど、こうしてこの場所で揺れる花を見つめていると、目を逸らさずにいられるような、気がしていた。
「そいつぁ、楽しみだな」
いつの間にか屈みこみ、同じ高さの目線になっていた彼女は、そう言って微笑んだ。
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忘れない内に。
梔子は植えると甘ったるくなりそうなのでパスしたのよ。
ピンクのこやつは永久不変の愛が概ね言われてる花言葉になりますが、私は愛はいらんのでやや少数派の永久不変のみを好んでいたり。
彼女が花言葉に詳しいとか思ってない←
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花:ガルデニア。ピンクの似合うお友達。
喪娘と末子も背後は一緒。
あっち女子部屋、こっち男子部屋
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