アクスヘイムから棘の気配が消えて、平和の色が滲み出した、頃。すっかり馴染みになっていた菓子屋の店主が、唐突に声をかけてきた。
「キルフェ君ってさ、エンドブレイカー、なんだよね」
懐かしむような装いで切り出した言葉に、摘んでいたクッキーを手放して顔を上げた。
気性の穏やかな壮年の男。古びた装いの眼鏡が良く馴染んでいる。レンズ越しに合わせた視線は、こちらが頷くのを待っているようだった。
「誰かから聞いたのか」
「あれ、覚えてないかなぁ。君がここに通い始めた切欠じゃないか」
「さぁ。あんま昔のことは覚えない性質でな」
肩を竦めて応えれば、苦笑が返ってきた。そんな昔の話じゃないよ、と、控えめに呟く声を聞きとめて、ふと、脳裏に過ぎった記憶に思いを馳せる。
そう言えば。故郷と呼ぶだろう街を出てすぐ、偶然通りかかったこの街で、彼の瞳にエンディングを見たのだ。内容までは記憶にないが。
彼曰く、それを助けたらしい。さほど強い印象がないのだから、今までにやっていたのと同じような、他愛もないことだったのだろう。
「変わったな子だなぁ、って思っていたけど、そっか、エンドブレイカーだったんだね」
一人で納得したような呟きを繰り返し、にこにことしている店主を、訝しげに見て。キルフェはまた、手元のクッキーに視線を落とした。
シンプルなバタークッキーは、彼のいう『切欠』を機に店の手伝いをするようになったキルフェへの報酬代わりだ。
手伝うのはいいが金銭のやり取りは面倒臭いと告げたキルフェに、彼は笑って、焼きたての菓子を差し出してくれた。何故だか、それは良く覚えている。
「で?」
先ほど手放したクッキーを再び拾い上げて、訪ねれば。店主は、少しだけ躊躇った様子を見せてから、やはり、少しだけ神妙な顔をして、言うのだ。
「ちょっと、お願いがあって、ね」
「依頼なら酒場行けば?」
「いやぁ、そういうのじゃなくてねぇ……」
頬を掻き、こほん、と一つ咳払いをして、改まった顔をした店主が見つめてくる。
けれど、視線を合わせる気にはならなかった。
未来視とは違う、人間の本能的な感覚。嫌な予感が、していたのだ。
「これからも、うちで働いてほしいんだ」
告げられたのは、わざわざ、改まって言うことではない。
外していた視線で射抜き、続きを促せば、案の定、彼は続けた。
「……うちの、娘と、付き合う気はないかな?」
本題の提示に、反射的に瞳を眇めていた。
どういう意図を持っての問いなのかと、彼は受け取ったらしい。慌てたように、顔の前で手を振った。
「いや、あのね、キルフェ君がエンドブレイカーだから、じゃないんだよ。うん。それは違う。ほら、君たち、英雄じゃないか。だからさ、もっと凄い仕事をする人も居るだろう? 取られる前に言わないと、って思ってさ」
「別に面倒臭ぇ職に付く気はねーよ」
再び、クッキーを放り出して。机に肘を突いていた姿勢から、店主と距離を置くように、椅子の背に凭れた。
首の後ろがむず痒い。不愉快な感覚に、眉の根が寄る。
店主の娘のことは良く知っていた。手伝いとは別に、飴を買うために店側から入れば、必ず顔を合わせていたのだ。
いわゆる店の看板娘という奴で、気立ては良く快活な少女だ。年が幾つだったかは覚えていない。そういえば名前もうろ覚えだが、棒の付いた飴を瓶ごと買う度に、そんなに甘いものばかり、と小言を食らわされた気がする。
自慢の一人娘だと告げられた覚えも微かにあるわけだが、そんな娘をどこの馬の骨とも知れぬ男にやろうとは、随分な親である。
不愉快な顔を繕いきれず、小さく溜息をついて席を立つ。
それを見て、店主は不安げに表情を変えながらも、同じように立ち上がり、食い下がってきた。
「あの子もね、キルフェ君のこと気に入ってるんだよ。だからさ、考えてみて……」
「つーかさ」
面倒臭い。
高い地位を得ることも、英雄だと持て囃されることも。
印象の薄い女と、付き合わされることも。
「あんた、娘居たんだ」
くつりと鳴る喉から、嘲りに似た言葉を吐き出して。
愕然としたように目を剥いた店主に一笑すると、そのまま踵を返した。
開きっぱなしだった扉をくぐれば、その影に人を見つけた。少し震えた細い肩。ぱたりと扉を閉める音で意識を引っ張ってやると、きっ、と睨みつけられて。
間髪入れず振り上げられた手のひらが飛んできた。
受け入れてやる義理はない。掴み、壁に叩きつけて、涙の滲んだ目を見下ろす自分の顔が、酷く歪んでいるのを自覚できた。
「泣くなよ」
すぅ、と。瞳を細めて見つめた少女は、何がそんなに悲しいのだろう。
「鬱陶しい」
囁いた一言は、彼女にとってきっと、止めだったのだろう。
父親と良く似た顔で見上げてきたかと思えば、離してやった手で顔を覆い、わっ、と泣き崩れた。
我ながら酷い態度だと、思いながら。一瞥だけくれて、そのまま立ち去った。
振り返る気はなかった。どうせ、ここにはもう、戻らないのだから。
「あら☆ 偶然ね♪」
ぼんやりとしていた意識を呼び止めたのは、聞きなれた、声。
振り返れば、脳裏に描いていた姿が、脳裏に描いていた通りに、そこに居た。
小走りに駆け寄って、ひょこり、覗き込んでくる。同意を示すように肩を竦め、視線を外して正面へ戻せば、くすくすと笑う声が、わずかに離れた距離から聞こえてくる。
つい、さっき。突き放してきた女なら、きっと、文句の一つを綴って、頬を膨らますのだろう。どうしてそんなに冷たいの、と。
別に、邪険にしているわけではない。歩く方向が同じというだけなのだから、あえてかける言葉を捜す必要はない。だから、何も言わないという、それだけで。
思いついた時は、こちらから声をかけるのだ。
ただし、思いつくだけの興味を抱いた人間は、極少数だが。
「買い物でもしてたのか?」
「んー……そんなとこかしら」
妙に曖昧な言葉が返ってきたが、追求する気はなかった。ふぅん、と一言呟いて、また、会話は途絶える。
それでも、気まずい空気はない。どうやら隣に立った彼は、自分のことをそれなりに理解してくれているらしい。
その感覚が心地よいと感じ始めたのは、最近のことだ。
ちらりと、視線をやれば、彼はゆっくりと視線を巡らせ、街並みを眺めていた。どこか、名残を惜しむような視線。
「……ここ、良く来てたのか」
「それなりに、ね。武器の手入れとか、お願いする時に」
くるり。振り返った視線の先に、彼が行きつけていた店があるのだろう。
馴染みはあったが、既に印象の希薄な街の並びなど、咄嗟には浮かばなかった。
「もうすぐエルフヘイムに行っちゃうじゃない? 暫くこれなくなるって、挨拶も兼ねて」
「ふぅん……」
つきり、と。胸の奥が痛んだ。唐突に、菓子屋の親子の顔が浮かんだ。
戻る気のない場所だった。だから、突き放した。
――戻る気のない場所、だから?
違う。戻れる自信のない場所、だからだ。
傍らの彼も、間借りしていた廃屋の主も、物静かな来訪者も、小さな迷い子も、皆、離れていってしまう場所。
そんな場所を、覚えていられる自信が、なかった。
残ると告げた誰かを忘れたかったのかもしれないと、一瞬、気の迷いに良く似た思考が過ぎったが、頭を振って掻き消した。
「キルちゃんも、挨拶?」
「まぁ……似たようなもん」
曖昧に濁すのは、後ろめたさから。挨拶と呼ぶには、酷い別れ方だった。
その方が、未練一つ残ることがなくていいと、思っていたけれど。
いた、けれど。
「ひょっとしていつもの飴のお店? 今度、帰ってきた時に紹介してもらっちゃおうかしら☆」
楽しそうな顔をする少年の言葉に、思わず、足を止めていた。
数歩だけ進んで、同じように足を止めて。彼はきょとんとした顔で、振り返る。
「……忘れもん」
「あらら。キルちゃんでもそういうことってあるのね」
くすくすと笑って、手を振る少年に見送られるようにして、来た道を戻った。
ほんの少し、駆け足で――。
-----------------------
ド外道^p^
謝りに行った飴さんは成長した!今度こそ引っぱたかれればいい。
娘とのやり取り追加しようとしたらなんか凄く飴さんが気持ち悪かったからやめた←
とりあえず、謝ったところで忘れることには変わりないし帰る気もない。薄情なのは大差ない。
そんで勝手に同じ街にしちゃった(*ノノ)←←
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
花:ガルデニア。ピンクの似合うお友達。
喪娘と末子も背後は一緒。
あっち女子部屋、こっち男子部屋
メッセ登録してみました。
出現率は低率の予感ですがお気軽に
mai-maieb@hotmail.co.jp
登録時にはメールも一緒に送ってくださると確実です
ブログ内のイラストは、株式会社トミーウォーカーの運営する『エンドブレイカー!』の世界観を元に、株式会社トミーウォーカーによって作成されたものです。
イラストの使用権はキルフェPLに、著作権は各絵師様に、全ての権利は株式会社トミーウォーカーが所有します。