胡散臭い。
エリクシルとやらの出現。伴って現れた妖精を見据えた感想は、それだった。
――そうであるべきだと、心の中で警鐘じみた何かが訴えた。
脳裏にちらりと過ぎる影を掻き消したのは、皮肉にも、それまでに受けてきた傷。武器を握り締めた指先に力を篭めると、引き裂かれた脇腹がぎしりと軋んで、疼く。
死人になる気はない。さりげない忠告に返した自分の言葉を思い起こし、自嘲じみた笑みを浮かべた。
嘘も偽りもない言葉であることは確かだけれど。
例えそれが嘘と偽りに変わると判っても、退くという選択肢には成り得なかった。
それでは意味がない。意味がないのだ。
同じ場所、その傍らでなければ、何も――。
「万能なんたらなんざ……知ったこっちゃねーんだよ」
痛む分だけおぼろげになる感覚は、目の前の障害をただ排除するためだけに冴えた。
気が付けば、辺りからは歓声が聞こえており、自分の足は、歓喜から逃げ出すように、その場を後にしていた。
疲れた、寝る。半分は本音で、半分は口実。
一人で過ごす都合のいい場所を持たない自分が、一人で過ごす空間を作るための、バリケード。
もっとも……この廃屋に居座る人間は、さほど他人に干渉することをしないのだから、意味らしい意味はないのだけれど。
ベッドに腰を下ろして、横になる。暗い室内ではあったが、勝利を祝うかのように煌々と照る月のせいで、暗転するほどではなかった。
呼吸と共に、周囲を満たした生ぬるい空気が肺の中に積もる。血の匂いが濃密に漂っていることに気が付くのに、そう時間はかからなかった。
そういえば手当てをしていない。が、起き上がるのは面倒だった。血が止まっているならそれでいいかと、目を伏せた。
扉を叩く音が響いたのは、やや時間が経ってから。
はたと気づいて目を開けた時、部屋に伸びていた影の形が随分と変わっていた。気付かぬ内に眠っていたのだろうか。
コンコン――。
思案を掻き消すように、もう一度、響く。
鍵はかけていないし、そもそもつけてもいない。どうぞと一言応えれば、扉の前の誰かが勝手に入ってくることだろう。
だが、口を開く気にはならなかった。眠ると告げたのだ。眠っていることにしよう。
まどろみを引き寄せるようにもう一度瞳を閉じたが、ふと、鼻腔を掠めた香りに、ぱちりと目を開けた。
血生臭さの中に漂う、甘い、香り。
体を起こし、扉へと向かう。何の気なしにあければ、ごん、と、妙に鈍い音をたてる何かにぶつかった。
「ッ、つぅ……」
頭を抑えて蹲っているのは、小さなもの。
誰かが兎と呼んだそれを、暫し眺めて。眉を寄せた顔が見上げてくるのを見つけると、自分も同じように、不機嫌じみた表情で見下ろしていた。
「なに、してんの」
「いえ、ちょっと……書置きでも、と……」
ランタンの明かりを傍らに置き、床を机代わりに筆を執っていた少女は、まさかそんな最中にこの扉が開かれるとは思っていなかったのだろう。
書きかけの紙をぐしゃりと握り潰して、ひょい、と、やはり傍らにおいていた包みを取り上げて、差し出してきた。
「今日は長い間お疲れ様でした」
随分と高低差のあるまま絡んでいた視線が、ちらりと、落とされる。
滲んだ血もそのままの、脇腹。
「そういやあんたは、単騎っつってたっけ。まぁ、無事みてーで何より」
ごまかすように半身になり、告げれば、少女は一瞬だけ顔を顰めたように見えた。
――見えただけで、きっとそれは、ランタンの明かりの揺れのせい。
「お怪我をなさっているようですし、ゆっくり休んでくださいね。お見舞いとしてクッキーを焼いたので、よろしければどうぞ」
育ちの良さを感じる口調に伴う、大きな、赤い瞳。同じ色をしているはずの自分のそれとはまるで違って、澄んでいるように見える。
純粋な好意が、体に染み付いた甘い香りに表れているように思えて。ひょい、と、包みを摘み上げた。
「お大事に」
受け取ったのを見届け、勤めは果たしたとばかりに礼をして踵を返した少女の背中を、一度、見つめて。
「なぁ」
呼び止め、振り向くのを待ってから、手にした包みを示し、肩を竦める。
「土産、一応どーも。つーか、『見舞いとか言う気じゃねーよな』?」
一度、告げられた言葉を聴きとめていながら。それでも返した、問いかけに。少女はきょとんとしたように目を丸くしたが、ふと、小さく微笑んだ。
「ふふ、これは失敬。ではそれは以前頂いた飴のお礼と言うことで」
「あぁ、そりゃわざわざご丁寧にどーも」
素っ気無い言葉にもう一度笑みを零し、礼をした少女は今度こそ、立ち去った。
白が黒に溶け込むのを見送ってから戻った部屋の中は、眠りに落ちる前にあった濃密な匂いも薄れ、手元から漂う香りに満たされているように感じる。
かさかさと包みを開いて、一つ、手に取る。
月明かりに翳したそれは、溶けた飴が混ざりこみ、きらきらと光って見えた。
「ふぅん……」
器用なものだと、感心にも似た呟きを漏らし、口の中に放り込む。
口内に広がったのは、普段自分の感情を押さえつけているのと同じ味で。
それより、ずっと、優しくて。
「あー……つっかれた……」
張り詰めていた何かが緩やかになっていくのを、感じたような気がした。
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自己暗示は得意な飴さん。
エリクシルに伸ばすぐらいならお隣の人に伸ばすよ。
そして怪我人扱いが気に入らなかったらしい意地っ張り。
てかよーじょ様に対する態度が酷い気がしてきた今日この頃。
何してんのじゃないよお前まず謝れよw
お見舞いありがとう。あ、飴のお礼でしたっけ(*´∀`)
飴ちゃんクッキー美味しくいただきました。もむもむ。
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花:ガルデニア。ピンクの似合うお友達。
喪娘と末子も背後は一緒。
あっち女子部屋、こっち男子部屋
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